西田のライフストーリー

西田自身の印象に残った投稿まとめ(2008-2017)

2008年から今まで、自分の投稿を読み返して、
印象深く感じたものを、リストしました。

2017年、ブログの移転作業で、
独立から今までの記事をすべて読み返すことになりました。

 

ついでに、学生の頃や就職したころに書いていた,
MIXIの記事も一部こちらに移転しました。

せかっくなので、自分の印象に残った投稿、
今でも覚えているなと思った投稿のリストを作りました。
20代の頃の記事もいろいろ。
なんと言うか、今から見れば、若いなぁという感じ。

前のめりで、視野が狭くて、
でも、あのときだからこそ出せる言葉がある。

 

 

こうやってみると、記事の内容とか更新頻度から、
自分のアップダウンが見えたり、
あの頃から考えてたんだぁとか、
いろいろと思い出すことがあり、結構興味深いです。

 

年齢ごとに、そのころどんな1年だったのかも、ちょっとコメントします。

 

※西田の来歴は、
西田のライフ・ストーリー(2008-2017)にも、文章の形でまとめております。
そちらの方が、流れとしては追いやすいかもしれません。

 

アジサイ

【25歳】2008年ごろ

卒業し、ベンチャー企業に入り、そして独立したとき。
もう前のめり。恐怖でがたがた震えながら、でも想いだけはあって、不器用に飛び出した。
とっても貧乏だった。
内面的にも、自分の生きづらさや、傷、いろんなものに向き合う日々。
だけど、本当に多くの先輩達が応援・支援してくれて、
驚きと感謝でいっぱいでもあった。
スピリチュアルやらファシリテーションやら、いろんな世界の扉が開いた頃。

 

■「エイプリルフールではなく」2009年4月2日
独立を決めたときの記事。実はかなり悲壮な覚悟でした。
まあ、お金も、社会人経験もほとんどなかったもんねぇ。若気の至り(笑)

 

■「嘘をばらす」2008年10月
→起業して半年後ぐらい。ブログで、自己開示的な内容を書いたのはこれがはじめてだと思います。
なんだか自分がいじらしいです(笑)

 

【26歳】2009~20010年

この頃はほとんど記事を投稿していません。
仕事も思うように進まず、徒手空拳で、前のめりな気持ちだけで、
一生懸命向き合っていたとき。

 

■「立ち直る、ということ」2009年11月
34歳になって読み返して、読み始めは、「やるじゃん俺」って気分だったのですが(笑)、
読み進めてるうちに、なんか昔の自分に叱咤されてる気分になり、
しばらくフリーズしました(苦笑)

今の僕は、立ち直らなくてもいい、
失敗もそのままってのもあり、と思っているので、
いまの方が視野が広いとは思いますが、
やっぱりこれはこれで、なんか、若くていいなぁと(笑)

 

■「2008年→2009年(いまさら)」2009年2月
新年の抱負。
一生懸命、自分に「大丈夫!できる!」と言い聞かせています。
目指す方向、なりたい自分の姿は、あのころから、あまり変わっていないようです。

 

【27歳】2010~2011年

この時期、記事の数が多いです。
それまでしばらくほぼ沈黙状態だったのが、あふれるように。
ほんとに暗中模索の、わけもわからず、つらい時期だったんだと思います。
同時に、少しずつ、何かが見え始めた頃なのかもしれません。
この少し前に、私が今も大切にしている哲学・手法である、
ソリューションフォーカスに出会ったのではないかと思います。
通訳として、エクアドルの先住民に会いにいったのも、この頃。

※エクアドルでの日記はこちら

■「ビバ左脳」2009年12月
手前味噌ながらけっこうおもしろいです。
セラピーやヒーリングの業界は、とにかく右脳を礼賛し、左脳を見下す時があるような気がします。
それに対するアンチテーゼ、というと、ちょっと大げさですが(笑)。

 

■「僕が僕でいること、僕が僕でいられること。」2009年12月
停滞感を感じながら書いたらしい話。
この頃から、
「自分は生かされているんだなぁ」「人あってこその自分なんだなぁ」と思い始めたようです。

 

■「just biggining….」2009年12月
この記事や、この頃の記事、前のめりで好きです。いかにも駆け出しって感じです。
こういう温度感の記事は、あの頃だからこそかけたんだろうなと。

 

 

■「War Cry」2010年1月
自分が書いたと思うとこっぱずかしいのですが、荒削りでいいなぁ、なんて思ったりもします。

 

■「『苦労』についての覚書」2010年1月
読み返して、「この頃から自分はこんなこと考えてたのか!」と思う記事があります。
これもそのひとつ。
ルー・タイス氏、苫米地氏が牽引する、TIPEやPX2に関わってた頃かと思います。

ご高齢の方から、
「今の若者は苦労してないから」というような言葉を聴きますが、
ゆとり教育を一部体験したものとして、
「ロストジェネレーション」と勝手に失くされちゃった世代の一人としての、
私なりの反論でもあります。

 

コーチングのジレンマ」2010年2月
コーチングについて、この頃の考えをまとめたもののひとつ。
なんかちょっと表現怪しいけど・・・
まあ、これはいまだに僕の中核となっている考え方だなぁ。
まだチームフローには出会ってない頃・・・

 

■「ありのままの自分で。」2010年2月
これも、「この頃から、こんなこと言ってたのか。」という文章です。
ファシリテーションの勉強で知り合った、とても素敵なお姉さまからインスピレーションを受けて書いた記事です。

 

■「はたちの恋」2010年2月
大学生の頃の恋の話。今までで一番反響あった記事のひとつでもあります。
正直、とても恥ずかしいのですが、私の人生に影響を与えた体験でもあり、
コーチとしての私の、原体験でもあり・・・
赤面しつつ、やっぱりリストに記載しておきます。

 

■「お金の集中鍛錬」2010年3月
TGという、お金や経営に関するゲーム方のセミナーに参加したときに書いたことです。
この記事を読んでそのセミナーに参加した方もいるとのことで・・・集客に結構貢献したらしいです。
とっても悩んでたんだなぁ、というのが思い起こされます。

 

■「Open the space」2010年6月9日
どうして、自分が今コーチングやファシリテーションをしているのかについて。
コーチングやファシリテーションがどのように世界平和と結びついているのかについて。

今も基本的に同じ考えでいますが・・・
読み返して、コーチングのプロ資格コースに行く前から、こういうことを思っていたのかと、
自分でも少し驚きました。

 

■「2001年、夏」2010年8月
私の原体験のひとつ、留学先での初恋についてです。
これまた、こっぱずかしい記事のひとつです。

 

 

【28歳】2010年~2011年
この時期、ぐっとアウトプットが増えています。
プロコーチの資格を取り、本格的にコーチとしての活動を開始したのもこのころ。
今から振り返ると、どんどん、新しい展開が始まった、
ジェットコースターのような一年でした。

 

Intermezzo 2010年9月
題名は、幕間・間奏曲、という意味です。
ぐ、ぐ、ぐ、といろんなことが重なって、ぐるっと動き始める、その直前。
すこし、踊り場というか、新しい展開が始まる前のエアポケットに入ったような、
そんなときに書いた記事です。

 

■「楽しかった!御礼・報告 「8.30からだのじかん」」2010年9月
初めて開催したワークショップを終えて書いた記事です。
本当に、驚くほど素敵な方々にお越しいただいて・・・今でもいい思い出です。

 

■「出しきった。」2010年9月
専門学校で教えた授業が終わって思ったこと。
やりきった達成感と、だからこそ見えた自分の限界を痛感しているとき。
まだ、新しい展開が始まる前、エアポケットの中にいる感じのときです。
ちょっとずつ、こうやって成長していくんだな、と思います。

 

 

【29歳】2010年~2011年
コーチとして本格始動。スイスにいってワークショップを提供したのもこのころでした。
少しずつ、過去を乗り越え始めてるような印象があります。
去年から始まった、いろいろな流れにのって、全力疾走していたときかもしれません。
まだまだ収入は不安定。引き続き前のめり。
東日本大震災もあり、これからもいろんな影響を受けました。

 

■「これからの道(養成講座報告)」2010年9月
プロコーチ養成コースを終えての思い。
僕にとってコーチってどんな存在かについて。
これまた、「あらまぁ、こんな初期から同じ事いってるな」という記事。
ほんとに、なんだか昔から同じことを繰り返しているようです。

 

■「歩いていく。」2011年4月
信じる、ということについて。
少しだけ、ほんの少しだけ、視野が広がった感じ、自身がついたタイミングなのかもしれません。

 

■「そのまんまでいいよ」2011年4月
母の微笑み、山村留学中に行われた虐待、支えてくれた先生、
その他人生のアップダウンで支えてくれた方々について
支えられて、生かされて、ここまで来たんだということを実感しつつ。

 

 

■「結局、やることはひとつ!」2011年6月
今の自分から見ると、文章はいまいちだし、考え方もどうかと思うところもありますが、
苦労や不安を感じたころの(今も結構似たような不安に陥るけれど)もがきの記念として。

 

 

 

■「決心速度(decision speed)」2011年8月
ちょっとしたきっかけで、突然言葉や想いが、ふってわいて、一気に書き上げた記事。
この文章は、少し反響がありました。今も好きです。

 

【30歳】2011年~2012年
世界青年の船に乗船し、コスタリカの国連平和大への留学が決またころです。
ビジネスは、あるていど回りだしましたが、
留学する前に、立ち上げ直後の借金をすべて返さなきゃ!と、
一生懸命仕事していました。
結構アップダウンが激しかったころです。

理想と現実、世界への想いと自分自身の姿、
いろいろ悩み、葛藤していました。
留学はすばらしい体験でしたが、一方でいろいろ葛藤することにもなりました。

 

■ 「自分自身に今、言いたいこと・忘れたくないこと」 2012年10月
自分にドシンと来る熱です。なんか、ほとばしってるというか。
こっぱずかしいのですが、この前のめりな感じは、好きです。

 

■「What`s Real?」 2012年10月
悩んだとき、立ち返るべき場所な何だろうか?という記事。
確か、大学生の頃の恋から学んだことを思い出して、
文章にしたと記憶しています。
ひとつ上の記事「自分に今言いたいこと」を、ちょっと冷静に書いた感じかもしれません。
今も忘れたくないこと。生きるうえで大切にしたいことです。

 

 

■「ちょっと吹っ切れて、すっきり!」2013年6月
留学中に書いた記事です。
この記事は、前から印象に残ってました。
もう、悩んで、凹んで、落ち込んだ、そして思ったこと。

 

■「こわいこともある」2013年8月
留学先、国連平和大で、いろいろ悩んだこと。でも頑張りたいって話。

 

 

 

【31歳】2013年~2014年
留学真っ只中。フィリピンからコスタリカに移動し、
平和大で50カ国の仲間と向き合っているとき。

大量のリーディングや課題ををこなしつつ、
パナマ、キューバ、ベネズエラ、いろんな場所を見に行きました。
留学中は、「学生って言う気楽な身分だ」と思っていましたが、
今ふり返ると、結構大変な中、頑張っていたんだなぁと思います。

 

ゴエン、日本への愛、日本の責任 2013年12月
ベネズエラにいって、日本を愛する現地の若者達とであって思ったこと。
忘れたくない、大切なこと。

 

【32歳】2014年~2015年

留学の最後の半年をフィリピンで過ごし、 帰国。
そして、なんだか、ちょっと踊り場に乗った気分でした。
季節と季節の間というか、
今まで10年~15年ほどかけて取り組んでいたことが、
やっと一段落したように感じていました。

追い立てられるものも、追い求める目標もなくて、
ゆったりしつつ・・・でも、なんだか停滞感とあせりを感じていました。
今から考えたら、そんなに焦らず、もっとくつろいでてよかったかもと思います(笑)。
動くときには、否応なしにそういうことになるわけだか。

 

「僕がいつも海外にもって行く15グッズ」 2014年9月26日
この記事も、反響を頂きました。今も大体こんな感じのものを持っていっています。

 

「コーチの仕事って・・・」2015年3月23日
シュレディンガーの猫とか、量子力学っぽい話にも触れている、ちょっと不思議な文章ですが、
今も、こういう考え方は折に触れて思い出しておきたいと思います。

 

■「愛おしいから、大切だから、2015年5月6日
今まで書いてきたコーチング論の中で、一番好きな記事かもしれません。
こんな人間観で、人と共にいたいと思います。

 

【33才】2015年~2016年
帰国してもう1年たつのに、まだ本気で取り組む目標が見つからず、
一生懸命動きながら模索していました。
世界では、シャルリー・エブドをはじめとしてテロが頻発し、
世界と日本について、世界と自分について、ずいぶん考えさせられました。

 

■「石橋をたたく?それとも・・・2015年10月
ちょっとユーモアのある記事。友人とのおしゃべりで出てきた話から。
西田のキャラがよく出ているような気がします。

 

■「ほぼ無力であるということ2015年11月14日
パリのテロなど、相次いだ直後に書いた記事。
高校生のとき、「世界を平和にしたい」なんて大それたことを思てしまった僕が、
15年かけて悩んで、悩んで、いろいろと考えた末、とりあえず出した暫定の答え。
いまも、こういう感じでいると思います。自分の分担(share)を、やる。ということ。

 

『Pray- 祈ろう』” by Karuna Ezara Parikh」 2015年11月15日
私の書いた詩ではなく、翻訳しただけだですが、多分今までで一番シェアされた記事です。
そして私も、できるだけシェアしたい詩です。

 

■「話せないこと、疎外感。タブーにされる『死』2016年2月25日
グリーフケア(死別・喪失体験を持つ人のサポート)をしていて、
姉を亡くした私自身の体験とも照らし合わせて書いたこと。
これに関しては、これからも細く長く、取り組んで行きたいなと思います。

 

■「(相模原事件)彼は、僕たちが作り出したのかもしれない」2016年7月28日
知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」 での、大量殺人事件について思ったこと。

 

■「『読む』より、居場所2016年8月10日
後輩コーチの「ひろさん鋭いですね。どうしてるんですか?」という質問に答えて、
私の考えをまとめてみました。

 

 

【34歳】2016年~2017年

現在。
帰国から2年、なんだか停滞感を感じていた2年を終えて、
やっと動くエネルギーが出てきています。
やっぱり、コーチ・ファシリテーターとして頑張るようです。

 

泣いてて、いい(大切な人をなくしたら」2017年2月2日
大切な人を亡くした人への、心からのメッセージ。
僕が姉を亡くして、10年以上たって思うこと、
そして、コーチとしていろんな傷を負った方々と出会う中で、思うこと。
投稿直後だけでなく、いろいろな方から、ぽつぽつと反響を頂きます。

「コーチに傷つけられた、あなたへ」
交流会で知り合った方から、ショッキングな話を聞いて、書いた記事。
ブログを開設して以来の9年間で、一番頑張って書いた記事だと思います。
3日間で1500人ぐらいの人にご覧頂いて、びっくりしました。

 

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