コーチング論

「読む」より、居場所

今日はちょっと、プロ向けの話。

コーチングをするとき、
相手の心を「察する」とか、「読む」とかよりも、
大切なことがあるなぁとおもいます。

 

そう思ったきっかけは、クライアントさんからの質問。
「ひろさん、鋭いですよね。
めっちゃ凄い相手のこと見てますよね!
どうやってるんですか?」

って訊かれたこと。

 

そのときに思ったことは、

「僕はたぶん、”鋭く相手のことを見ている”んじゃないよあなぁ」
ってこと。

そして、
「クライアントさんの中にいる、
 いろんなキャラ全員に、
 居場所をあげたいな」
・・・とおもいながら、

 

そこに向かっていろいろ努力しているんだろうなぁってことでした。

 

確かにセッション中、
クライアントさんが言葉で言っていること(言語)と、、
表情や姿勢、声のトーン(非言語)とのずれには、
注意するようにしています。
時には、それが突破口になることもある。

 

たとえば・・・
・「がんばり・・・ます!」みたいな感じに、
がんばるといいつつも言いよどんでたり、

・「こうなると素敵だと思うんだけど」
と言いながら、表情や声のトーンが暗かったり、

・「ホントもうてんやわんやなんですよね~」
とかいいながら、なんだかすっきりした表情だったり。

 

口で言っていることと、
本人の身体が表現していることがずれている場合、
なんだか微妙な表現のとき。

 

クライアントさんの中で、
「がんばろるべきと思っている自分」と、
「でも正直気弱になっている自分」
「前を見ようとしている自分」と、
「ぶっちゃけ、あきらめかけている自分」

 

気持ちがひとつにまとまらず、

 

なんか、どうもすっきりしない感じ。

 

そういう時は、
「なんか、いまちょっと無理してそうにみえるけど?」とか、
「いってるほどはわくわくしてなさそうに見えるけど?」とか、
「なんかさ、そのわりに元気じゃない?」
なんて聞いてみることもあるし、
そこから一気に本音が出て、
話が展開することも多いです。

 

だけど、これは、特別なことじゃない。
コーチングを学んでいなくても、
多くの人が、できることです。

 

・・・だって、あからさま、みえみえ、やもん!(笑)

 

いや、ホントに!

 

そういう時って、
クライアントさん自身は一生懸命で、
自分自身の声や姿勢を意識してないから、
自分で気づくことは難しいけれど、
もう、明らかにコトバとカラダが一致していない。

本人も、そのシーンを録画してみてみたら、
「あっ、これはなんだかすっきりしない顔してますね」
って言うはずなんです。

 

酒場で、恋人にフラれたばかりの人が無理して「これですっきりした!」っていってたり・・・
オフィスで、納得できない仕事を振られた社員が「が、がんばります」っていってたり・・・

 

それと同じ感じ。

 

「あれ?なんか他にも思ってそうだぞ」って思う感じ。

 

ヒトとして、僕たちが持ち合わせている能力を使ったこと。
日常生活で、普通に、起きることだと思います。

 

ちなみに僕は、空気が読めなさ過ぎて、小学校の先生に、
「特殊学級に入れたほうがいい」って言われるぐらいの子でした。

僕は、ヒトの気持ちを察する才能は、かなり低いです。
いまも時々苦労するもん(笑)。

 

そんな僕でも、注意していれば、察知できる。
ほとんどの人は、普段あたりまえに、やっていることだと思うんです。

 

「敏感に察する」「読む」みたいな力に関しては、
カフェや居酒屋のお姉さん、お兄さんのほうが凄いと思う。
ちょっと違うところがあるとすれば、

 

相手に興味関心を持って、表情や声にも意識を向けるように心がけたり、
気になったら、ちょっと聞いてみる様にしていることかもしれません。
それぐらいの違いかなぁと思います。

(逆に言うと、まずは相手に興味を持って、
非言語も含めたシグナルを受け取るのは、
基礎的でとっても大切ってこともいえるかもしれません。
これを忘れて、うまくいかないケースも見聞きしているし、
僕自身だって、なんどもそういう失敗をしてきました。)

 

じゃあ、僕が何を大切にしているか、というと・・・
『クライアントさんが、
そういった微妙な表現をできる相手でいること』
『クライアントさんの中の、いろんな気持ちにOKだよって伝えること』

を目指して、働きかけていることだと思うんです。

 

難しい言葉で言えば、関係構築。

 

 

安全・安心な、横の関係を作ること。
クライアントさんがリラックスして、
クライアントさん自身を中心にしたコミュニケーションをとれる相手。
(ある意味わがままでいられる、そんな贅沢な時間と場所を提供すること)

 

どんな自分でも出せる相手。

 

たとえば、
・違和感を感じながら「が・・・がんばってみようかな・・・」といえる相手。
・「こうなるといいかもっていう望みや」、
「でも無理かもなぁって弱気になってる気持ち」も、
両方表現できる相手。
・「てんやわんやな現状を話しながら、恥ずかしいと思わなくていい」相手。
(そもそも、てんやわんやです、ってぶっちゃけられる相手)

 

僕(コーチ)に、どう思われるかとか、
世間的にはどうか、倫理的にはどうか、人としてどうか
なんてことは気にせずに、
自由に話せる相手でいること。

 

セッションの主役として、
好きに振舞っていい場を提供すること。

 

クライアントさんは、時には無理したりするけれど、
少なくとも僕のためには、無理しなくていい相手でいること。
それを作っていくことが、
大切なんじゃないかなぁとおもいます。

 

そうすれば、たとえセッション中に、
コーチである僕が、相手の微妙な表現を拾えなくても、
(プロとしてはできる限り拾っときたいけど。笑)

 

クライアントさんは、自分の心を開き、

気持ちを、心を、感じながら話せる。

 

そんな時クライアントさんは、自分自身で、
「あれ?なんか話しててしっくりこないなぁ」とか
「言葉にしても、どうもわくわくしないなぁ」なんて思って、
「どこに違和感を感じているんだろう?」
「どうしてわくわくしないんだろう?」
って、

 

さらに自分の気持ちを探索できる。
もしかしたら、セッション中には結論が出なくても、

 

セッション後に、
「ああいってたけど、やっぱり考え直そう!」

なんて思えるかもしれない。
そして、そうやって違和感を感じたときに、
「さっきは○○って言ったけど、やっぱ違うかも。」
って言える相手でいること。

 

その変化に対応できる自分でいること。
相手が新しいことに気づいたことを喜び、
後押しできる自分でいること。
相手の心を「読む」とか「察する」とかの前に、
そっちのほうが大切なんだと思います。

 

そんなわけで僕は、
そういう相手でいるために、
クライアントさんが「どんな自分でも大丈夫」と思える相手でいるために、

 

自分自身がリラックスしてみたり、
笑いかけてみたり、
大丈夫ですよ、といってみたり、
少し自分の体験や考え方を話したり、
「・・・とはいえキツイよね」といってみたり、

自分の都合や好みを押し付けないように気をつけたり、
自分自身の中の、いろんな気持ちをひろいあげたり、
いろんな経験をしたり、いろんな人に会ってみたり・・・

 

クライアントさんの中に住んでいる、
前向きなキャラ、弱気なキャラ、怒りんぼなキャラ、
タフなキャラ、暗いキャラ、おっちょこちょいなキャラ・・・

 

相手の中の、
何人ものキャラ全員に、
居場所を作ってあげられるように、
できるだけのことをするようにしています。

 

そうしていれば、
たとえ鮮やかなセッションができなくても、
何とか一緒に、
進んでいけるんじゃないかなぁ。

 

とある後輩コーチに話したら、
なんだかとってもウケがよかったので、
文章にまとめてみました。

 

もしも誰かの参考になったら、うれしいな。
ではでは引き続き、
いい夏をすごしましょう!

 

 

追記:まあ、大学生のころから合氣道を稽古していて、
相手の身体や状態に心を向ける練習をつんだのは、
力になっていると思います。

 

身体性やボディーワークについても、
いろいろこれから発信していきたいですね~。
後は、数をこなしてきて、セッションすること自体に慣れているから、
細かいところまでアンテナを張る余裕があるとかは、
あると思います。
でもまぁ。。。察する力は、人並みだと思います。

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