読書、映画、アニメ

吉本ばなな、多数決、ミスチル。

今、吉本ばなな「アムリタ」を読んでいるんですが(下巻に入ったとこ)、
これが結構おもしろい経験です。

 

キンドルで読んでるんだけど、
そうすると、他の読者が、「ハイライト(下線を引く的な)」したところも表示される。
これがもう、不思議なぐらい、まったく合わない。

 

多くの場合、
ほかの人がハイライトしたところも、
僕がハイライトしなくても、納得だったりするし、
僕いいと思ったところと、ほかの人がハイライトしてるところが、
合致することも多いのに・・・

 

「アムリタ」では、たった一箇所を除いて、はまったくそうならず・・・
ほかの人の「ハイライト」と、僕の「ハイライト」が、もうまったく合致しない。

 

僕がハイライトするところ、まったくハイライトされておらず、
ほかの人がハイライトするところ、ほとんど魅力を感じず。

 

一番最初の、正直な反応としては、
「なんでこんなところにハイライトすんの?自己啓発書読んでんじゃねぇんだからこんなところに引くなよ」
とか、
「なんでここにつけないの?わかんないのかなぁ?」
と言う感じだったんですが。

 

 

・・・でも・・・

 

多数決で言えば、もう完全に僕の「負け」だし(別に多数決できめるもんじゃないけど)。
それに、キンドルをわざわざ買って、
ハイライトしてるぐらいの人たちだから、
本が好きだし、読書経験もある人たちなんだろうなぁと。

 

ってことは、うーんと、僕がずれているというか・・・

 

いや、別に、人と違うのはいいんだけど、
みてるところが、人それぞれ違う中でも、
ばななの作品では、なんか余計に違うところを見てたり、
違うところを、吉本ばななの作品に求めてるんだろうなぁと。

 

それがなんだかおもしろくて。

 

僕は僕なりに、うーん、仕事柄?どちらかと言うと、
感性をみがいてるほうかと思うので、
自分の感覚は自分の感覚で、OKだと思ってるんだけど、
どうしてか、その違いが生まれるのが、
とにかく興味深いなぁと。。

 

吉本ばななは、
小松左京や筒井康隆ほど熱狂的に好きではないし、
ケンウィルバーやVEフランクルほど僕の人生には影響を与えていないし、
ジャレドダイアモンドほどは、激しく誰かに進めたりはしていないけども、

 

結構好き。
時々読みたくなる。

 

たいがい、やたらと大変な状況にいる主人公が、
静かに、でもそういう場所にいるからこそ見える
人の優しさや人生の美しさを、騒ぎもせず、
淡々と味わっていくというその感じが、すごく好きで。

 

これまで5冊ぐらい読んだかなぁ。
「デッドエンドの思い出」とかは、人にお勧めしちゃうこともあるし、
ふなふな船橋は、はやくキンドルにならないかなって思ってる。

 

で・・・

 

・・・ここまでまで書いて思ったんだけど、
そもそも吉本ばななって、
コレがポイント!っていう、ウンチクっぽい作品ではなさそうだなぁと。

 

多くの物語では、ただの背景や、
次の盛り上がりの間におかれそうな、
ちょっとしたさりげない毎日や、やり取りや、景色、
そのときの主人公の視線とかが、素敵なんだよな。

(で、そういうシーンがひたすら淡々と続いたりして、
それがまたいい。宇宙で打ち合いしちゃったりするような派手な話しや、
生命とは何ぞや的な思索がちりばめられてる。
薀蓄っぽい作品の方が、基本的に好きな僕が言うぐらいなんだから、
よっぽどいいんだとおもう。)

 

そういう作品だと、確かに、ハイライトしにくいよね。

 

僕にとっては、なんか純粋に、
読んでいる時間を楽しむというか、
登場人物と時間を共にするというか、
なんだか、時間を贅沢に流していく、そんな作品だなぁ。

 

でもなんか、心に何かが少し残って、
もしかしたらその残ったものが、僕自身の世界の見え方も、
少し変わっていくというか・・・

 

僕の世界へのまなざしにも、
なにかしらの影響を(美しい方向に)与えてくれるというか。

 

そういえば、僕の友達に、
吉本ばななを読むたびに思い出す人がいて、

 

あ、別に初恋の人とか、そういうのではなく、

吉本ばななの主人公の生きかた・・・

 

なんだか、世界の底と言うか、
どこかざわざわした社会的なところから離れたところ、
だけどなんだかきれいな光が届いている場所で、

 

静かに、その光を見ているような。

 

苦しさも悲しさも美しさも喜びも、
一つ一つを丁寧に観察しながら、
日々の時間が流れていく流れを味わっているような。そんな人がいて。

 

で、その人に、なんだかアンタを思い出すんだよねと伝えたら、
あまり吉本さんは興味ないとのこと。

 

作品のよしあしと言うよりも本人にとっては、
なんだか新しさ、や異質さみたいなものがない、
と言うような答え(少なくとも僕にはそう聞こえた)をもらって・・・

「なるほどなぁ」なんて思った。

 

あ、その友達は、僕が知る限り、
吉本ばななが書くみたいな、
恋人が自殺した上に家族のほとんどが
死んだ上に事故やら病気やらで死に掛けて今もほとんど動けない状態だったりはしないけど。

 

そしてそれを聞いて、

 

そういや俺にとってミスチルってそうかもなぁ、なんて思いました。

(ミスチルの歌はすばらしいし、
僕にはあの人みたいなすばらしい音楽を作れないことを、全面的に認めたうえで)

 

彼の、ものの見方、人生との距離感、ユーモアの感覚や言葉の出し方・・・
そういったものの方向性が、

 

(おこがましいことだけれども)
なんだか僕と似たような方向であるように感じていて、
だから新鮮味を感じない。

 

どこかで耳にすると、やっぱりいいなぁとおもうんだけど、
わざわざ聞きたいと思わない。

なんかそれと似てるのかなぁ。
なんてことを思ったりおしゃべりしたのもおもしろい記憶で。
そんなわけで、取り留めなくつらつら。

カテゴリー:読書、映画、アニメ, 日記

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