コーチング論

N.Y. Times記事シェア:セラピストが社会問題について語らなければならない理由

「セラピスト(心理療法家)が、社会問題について語らなければならない理由」
より、一部を抜粋して掲載&和訳。ほんの少しだけ意訳+補足。
原文:Why therapist should talk politics?:http://opinionator.blogs.nytimes.com/2016/03/15/why-therapists-should-talk-politics/?smid=fb-share

“Should therapy strive to help a patient adjust, or to help prepare him to change the world around him? Is the patient’s internal world skewed? Or is it the so-called real world that has gone awry? Usually, it’s some combination of the two, and a good psychotherapist, I think, will help the patient navigate between those two extremes.”
“When therapists make the dialogue only about their patient’s life narrative, without including a frank discussion of social and economic hardships, they risk reducing psychotherapy to a tool of social control. ”

 

「心理療法家(セラピスト)は、患者を(状況に)順応するように助けるべきなのだろうか、

それともその人の周りの世界を変えていく準備をする手助けをするべきなのだろうか?
それとも、患者の内側にある世界が歪曲されているのだろうか?
それとも、いわゆる現実世界が、間違っているのだろうか?

 

多くの場合、両方が混ざっているだろう。

 

そして、この2つの間をうまく切り抜けていく手助けができることが、
よい心理療法家の条件だと私は思う」。

 

「もしも心理療法家が、患者の人生の物語のみについて対話し、
社会的、経済的な困難について率直に議論することを避けるのであれば、
心理療法を、社会統制のための道具へと矮小化してしまう危険性がある」

 

“Too often, when the world is messed up for political reasons, therapists are silent. Instead, the therapist should acknowledge that fact, be supportive of the patient, and discuss the problem. It is inherently therapeutic to help a person understand the injustice of his predicament, reflect on the question of his own agency, and take whatever action he sees fit.”

 

「この世界が政治的(社会的)な問題でめちゃくちゃになっているとき、
心理療法家が黙りこくっていることがあまりにも多い(そのように訓練されてもいる)。

 

心理療法家はそうではなく、この事実(世界がめちゃくちゃになっていること)を認め、
患者を支援し、その(社会)問題について議論すべきだ。

 

ひとを、その人を苦しめている不正義について理解すること、
その人自身の主体性・当事者性について振り返ること、
そしてその人が適切だと思う行動を何でもやってみること・・・

これらを支援することは、自然とセラピー的な意味合いを持つ。」

 

***************

この考え方に僕も同意。
僕たちは、僕たちの脳・心・意識によってリアリティを構成しているわけだから、
確かに、苦しみの元凶は、僕たちの内面であることも多い。

 

そして、僕たちは、自分自身を成長させることによって、
より良くいきていくということを、支援するのが仕事。

 

また、時には、他者や環境のせいにすることで、
本人の生きる力がそがれていくことも知っている。

 

だけど、それとはまた違う領域として、「社会」がある。

 

そして時には、人の苦しみは、
個人の内面の問題ではなく
社会の病理に起因することがある。

 

例えば孤独死。就職活動による、うつ。
育児をする母親たちの孤独。
失業した父親の自殺。
様々なマイノリティの生きずらさ。
パレスチナの、自爆テロ。

 

これらは、もちろん、本人や、周りの個人が、
内面や振る舞いを変えることで軽減できるかもしれないけれど、

 

社会の病理が、個人を苦しませているものだったりする。
それらをすべて、個人の問題だと還元してしまうと、
本人を苦しませるだけでなく、

 

社会の歯車として、自らを病ませながらも順応する、
ロボットを量産する片棒を担ぐことになりかねない。

 

そして・・・

 

そういう事態を避けるために大切なことは、
セラピスト自信が社会に目を向けること、
人を疎外・抑圧するシステムへの理解を深めること。

 
自らの人生の苦しみにも、向き合うこと。
そういうことなんだろうと思う。

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