想い

安保法案に関する論争について

僕自身の考えも公開しなきゃなぁと思いつつ、
今まで先延ばしをしてきました。

 

ちょっと、いろいろ気持ちや考えを言葉にするのに時間が必要で、
かつ、もしかしたらこれに対しての反応への応答に、
どっしり腰をすえる時間が必要かもと思って。

 

これ英語でも書くのしんどいなぁと思ったり。

 

それがまあ、重くて先延ばし。
そんなわけでちょっと長くなります。

 

これは僕のお願いなんですが、
もしよければ、
読むなら、最後まで読んでもらえると嬉しいです。

反対か賛成か、みたいな話しではなく、
もう少しその背景となることも、
僕なりに言葉にしようと頑張ってるので。

 

■最初に言いたいのは、
僕は、僕の思い通りの結果が出ることよりも、
僕と違う意見やら、似ている意見やらが、
お互いに対話をしていくことが一番大切だと思います。

 

まあどっちかというと、
YESかNOかっていうわかりやすく軸が作りやすいけど、
意外と、どっちの気持ちもわかるなぁと思うところもあるんです。

だから、どちらの立場の人も、dehumanize/非人間化したくない。

鬼畜のように扱ったり、
馬鹿扱いしたくはない。

 

僕と同じ意見の人も、
違う意見の人も、
僕と同じように、

 

この、安易ではない世界で、
それぞれ一生懸命生きようとしていて、

何とか自分なりに、この世界に折り合いをつけ、
少しでも幸せでいようとしているんだろうから。

 

 

僕は自分自身を、そう扱ってほしいから。

そして、安保法案関連の議論を見てきて、

 

おもうんだけど・・・
今まで目にしてきた、耳にしてきた議論や意見は、
ほとんどが、なんだかもう、
お互いに対して、通じない言葉を投げ合っているように見える。

それは、なんだか僕にとっては心地悪い。

 

 

■で、こういう話をしているときに、
もう一つ、白状しておかなければと思うことがあって、

 

僕にとっては、
僕の保身や利益の維持もとても大切な要素です。

 

それを本当になくしてまでの変革は、
望んでいない・・・かも知れない。

 

そして今の日本のこの安全で、
教育も行き届き、清潔で
台風が起きても停電すらしない、
犯罪率も低い、地震が起きても暴動にならない、
とても「ハイレベル」で上品な国民でいられる状況は、
僕にとって心地良い。

 

コーチングやファシリテーションなんていう、
農業でもなく、製造業でもなく、
物理的・物質的な生産からは、
ものすごく離れた仕事をできる状況が、
とても心地よい。
(※1)

これが壊れると困ります。

 

■そして、ICUや国連平和大で、
この心地よい状況は
世界の不公平なシステムを通して、
多くの人たちや諸外国から
奪い取ることで、
成り立っているらしいとも学びました。
そして日本は僕の眼には、
その不公平の世界のシステムの中で、
おそらく負けるはずのゲームを走らされ、
ずいぶんもがき、あがき、
幸運やシステムそのものの後押しもあって、
なぜか、表向きだけは「勝ち組」でいられている、
ちょっと不思議な国に見えます。

 

そのシステムの恩恵と、呪いを、
両方受け取っているんだろうと。

(このあたりから、
一般的に右翼と言われる人たちの怒りや憤りも、
僕なりに共有してなくはないと思うんだな。。
時々、欧米クソ食らえって思うもん。)

で、僕は、そういうことを知っているけれど、
ずいぶんその現状を維持してる。

児童労働で作ったかもしれない服を着て、
海外で誰かが身体を壊しながら、
農薬をばら撒いたかもしれない野菜を食べている。

そして、

海外から安く買い叩いたかもしれない原料で、
日本の町工場が超不利な条件を飲まされて作ってるかもしれないパソコンで、
この文章を書いている。

そしてそれはいやだなぁと思いつつ、
フェアトレード製品は数えるほどしか使ってないし、

これから買う製品のほとんどは、非フェアトレードだろうと思う。

初めて内閣府のお仕事に応募したとき、
同じようなタイミングで、原発に関してだったか、
非常に興味深く、かつ政府とは立場を異にする記事があったんだけど、

「でもこういうのって選考に影響与えたりしたらあれだなぁ」とおもって、
シェアしなかったこともある。

これは今となっては考えすぎだなと思うけど。
(さらにいうならば、ゴキブリと蚊は喜んでころすし、
よく太った鶏は、おいしそうだなぁと思うし喜んで食べる。
とりあえず僕は今、人間以外の存在にまで思いやりを伸ばす気はないですが)

僕は僕の利益と他者の利益だと、僕の利益を優先する傾向が強い・・・かもしれない。
(※2)

そんなことをする必要がない世界になったら、どんなに素敵だろうと思いながら。

なので僕の意見は、
あくまでも僕にとって、
こうなったら都合いい/心地よいかもしれないという、
仮説です。

■前置きが長くなりましたが、
僕の今の考え(仮説)は何かというと、
今回の安保法制の政府の動きに関しては、
反対です。

ちょっと飛躍かもだけど、9条は守りたいです。

理由は主に2つあって、
1つは、どうも民主主義が標榜しているはずの
「みんなで一緒に考えよう」ができていないと思うから。

ただの演出としてすらできておらず、
これじゃあ納得できないよね。

もう1つは、
やっぱり戦争しない国っていうのに、
もしかしたらナイーブかもしれない、
好感を抱いているから。

で、これがてこに、どんどん、
いつの間にか戦争しなきゃいけないようになりそうな気がしていて
いやだから。

■うーん、もう1つ理由というか・・・考えてることがあって、
どっちにすれば日本は安全かは、
わからないと思ってます。

海外が日本を警戒することで、
むしろ危険になるというのももっともだと思います。

日本が世界中に広げてきた、いろんなソフトパワーの強力さには、
僕自身が海外に出るたびに、
なんども驚かされ、感動しててきたから。
(※3)

守る力が必要というのももっともだと思います。

覇権を持った国が、いろんな大義名分を使い、
近隣諸国にどんなひどいことをするかは
歴史が(日本を含め)何度も繰り返しているから。

これは、もうわからない。
この世界は複雑系だから、
人間の脳みそじゃ予測できない。

■ちょっと脱線かもだけど、
ずいぶん前、どこかで・・・(多分イトイ新聞の対談)で、
こんな記事を読みました。

「欧米の政治家が哲学や芸術の話しを大切にするのは、
美学が大切だと考えているから。
合理的な考えどれだけやっても、、
未来は予測できないし、
どんな政策がベストかもわからない。

どんな優秀な為政者であろうと、
結局、ベストな意思決定が何かはわからない。
そのときに大切になるのが、美学だ。」

・・・記憶違いかもしれないけど、

 

そんな感じの文章でした。
そして僕はこれに、結構同意してる。

■この世界が複雑系で、
どんなに考えてもコンピューターを使っても、
どうにも予測が付かず、

どんな政策がどんな結果を生み出すのかわからないなら、

僕は、僕にとってちょっと綺麗だと思えるほう、
海外に行ったときに、ちょっと胸を張りやすいほうを、
選びたいと思っている。

 

ほんとに攻められた、みたいなときがあったら、
今僕がやってるような、お仕事が成り立つかわかんないし、
僕みたいに戦闘力の低い人間には、
本当に都合が悪い。

 

そして、
僕は、僕の住むところや、大切な人たちや
自分自身が、
殺されることを受け入れられるかといえば、
それはもう真っ平ごめんだし
マジでそうなったら戦う勇気もほしいと思いつつ。

 

まあ僕はできるだけ尻尾巻いて逃げる派だと思う。
世界中の友達に頼りつつ。

死にたくないし、飢えたくないし、
痛い思いもしたくない。

 

で、どっちを選べば本当に安全かは、
僕にはわからない。

・・・というか、人間にはわからないというのが僕の立場。

 

■でも、極論で
「軍隊持ったから攻められた」
「軍隊持たなかったから攻められた」

だったら、

 

どうも、僕は後者のほうが、
ほんの少しだけ、納得感をもって、
死んでいけそうな気がするんだ。

 

そこは、
「いいじゃん、平和ボケなら平和ボケで」
って思っているところがある。

 

■あえて言うならもう一つ
技術のおかげで、
情報も共有できるようになったし、
資源も限られてるし、
すこしは、

 

戦争が割に合わない世界になってきてるかも、
と思っているところ(そう信じたいところ)があります。

それならば、
もう少し安心してもいいのかなと。

 

■で、僕は、この仮説が正しいか正しくないかは、わからない。

正直、それほど自信があるわけでもない。
どちらかというと、
どっちになるか、みたいなことよりも、
お互いに耳を傾けあう場にいたい。

お互いを人間扱いした言葉が交わされる場所にいたい。

 

そう思っています。
どっちにするか、どっちになるか、よりも、
僕にとってはこちらのほうが大切です。

 

■でもまあ、
「オラァ、手前らお互いの話を聞きやがれ!!」
って恫喝するのは、
どうもダメっぽいので、

 

これだけグダグダと長い文章を打つという、
めんどくさい作業をしてみました。

 

■これが僕の今のスタンスです。
とりあず、以上。

 

【追記】
※1
僕は、この上品さは、
は日本人の優秀な国民性によるものだという議論に対しては、
いくつかの根拠を元に、否定的な立場でいます。

興味のある方は、
戦後の日本の犯罪率の高さや異常犯罪の量の多さを調べたり、
ジャレッド・ダイアモンドの「鉄・病原菌・銃」などを
参照してみてください。

端的にいえば、金持ちけんかせず、という話です

 

※2
じゃあ何で僕が世界青年の船にのったり、
ファシリテーションをしたり
そういう世界平和っぽいことをしているかというと、
僕は、いろんな国の人がいて多様な空間が、

(お互い受け入れあおうねっていう
価値観が共有されているという条件付きで、
つまり僕にとってとても都合いい多様性がある場合において)

大好きだし心地よいからです。
おそらくそれは、
僕が人生のいろんなタイミングで、

 

人と違う要素を多く持っているらしいことによって、
疎外感を感じたり、傷ついたりしたからという、
個人的なことも一因かと思います。

お互いがお互いにとって、
ストレンジであって、かつそれが許される状況が、
僕には心地いい。

だから、

 

そんな空間に身をおきたいし、
そんな空間がもっと増えたほうが、
僕が幸せに生きられるので、
そんな空間を増やしたいから。

(その結果、ほんとにシェアできる世界になったなら、
それは本当に嬉しいけれど・・・)

 

※3
ちなみに、コスタリカは一応軍隊を持っていない国で
それを売り物に、ものすごく巧妙に、
自分の国の安全を守っているように見えます。

僕は、コスタリカは、
一部の日本の人たちが信じるような、
善意の集まりの国でもなく、
理想郷でもないと思っています。

 

そういう意味ではなく、
もっと戦略的な手法として、
ラテンアメリカ独特のしたたかさを持って、
自分自身を守って来た国があるってのは、
おもしろいです。

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