メッセージ

Whats Real?

たとえば、誰かに恋をする。

 

僕の心が、心が何かに向かうこと。

 

それは、もしかしたら、
起業かもしれないし
結婚かもしれないし、
留学することかもしれないし・・・

 

そんな大きな話じゃなくて、たとえば、

 

今日は一杯のみたいなぁとか、
近々山に登りたいなぁとか、
妙にカップラーメンが食べたいとか

 

そういう、毎日の小さなことかもしれない。

 

何かを選ぼうとしたり、
何かを求めたり、
どこかにいこうとしたり。

自分が、誰かを守りたいと願うことや、
どこか新しい場所に行きたくなることや、
どこかで、こんなもんじゃないっていう声が聞こえること。

 

時には何かに関して、強い怒りや悲しみを感じることだったりもする。

 

そういった気持ちや、あるいはその対象が、

 

とても大切なものであればあるほど、
とても意味深いものであればあるほど、

怖くなる。そんなことがある。

 

 

それを形にしたり、表現したり、行動することが、
怖くなって、
まったく動けなくなることもある。

 

リスクとか、いろんな予想が入り乱れて、
自分が何を求めているのかすら、
感じ取ることすら難しくなるときもある。

 

そう。怖い。

 

だって、聞いてもらえないかもしれない。
拒否されるかもしれない。
伝わらないかもしれない。
叶ったってその後に、幻滅するかもしれない。

 

与えられたそのたその後に、失うかもしれない。
その結果、仲間に嫌われるかもしれない。

 

別のチャンスを失ってしまうかもしれない。
手に入れた結果、もっとつらい思いをするかもしれない。

受け入れられず、すべてを失って、
失望し、しばらく動けなくなるかもしれない。

うまくいってうまくいってうまくいって有頂天になって、
結局すべてを失うかもしれない。

 

そういうのって、怖い。

 

伝えることが、怖い。
手を伸ばすことが、怖い。
踏み出すことが、怖い。
その先を想像することも、怖い。
その気持ちが、この胸にあること自体が、怖い。

 

だから自分の心の声からも、
逃げ出したくなる。

 

そんなことが、僕にはある。

そしてそんな時、

 

「何がリアルなのか」を思い出すようにしたいって思う。

 

ちょっとこの悩みから離れて、
空を見上げて、体を動かして、伸びをして、深呼吸をして、

 

「今、何がリアルなの?」
「今自分に本当に起こっているのは、何?」
「今ここにある、自分の心と体は、本当はどこに向かおうとしているの?」

 

それを、もう一度、眺めてみたい。

 

 

いま自分が想定している未来の出来事は、
リアルだろうか?

 

それとも、頭の中で考えた、バーチャルだろうか?

 

その、いま自分が想像している可能は

あらゆることがおきうるこの世界の、
無限に枝分かれし続ける未来の、

 

その中から、

僕のちっさな脳みそで考えて、
やっと見つけた、いくつかの可能性を拾い上げて、
恐れているだけじゃないだろうか?

 

確かに、怖いし、つらい思いはしたくないけれど、
今考えているその可能性、

 

それってリアルなんだろうか?

 

今本当におきていることって、なんだろうか?

 

逆に、もしかして、

誰かが助けてくれるかもしれない

うまくいってしまうかもしれない
受け止めてもらえるかもしれない
手に入れて、やっぱり最高かもしれない
失っても、立ち直れるかもしれない
傷ついたからこそ、見える世界があるかもしれない
さらに棚からぼたもちがあるかもしれない
想定した、それ以上が、やってきちゃうかもしれない

 

そういう可能性だってある。
そう、そういう可能性だってある。

 

でも、その可能性だってバーチャルじゃないだろうか。

 

じゃあ、今リアルなのはいったいなんだろう?

いまここで、確実に起きていること。

ただのバーチャルじゃなくて、
今ここに、確固としてあるものって、なんだろう?

 

 

それは、今ここにある、胸のうずきだったり、
腹のそこに渦巻く熱だったり、
この手が、誰かに、何かに伸ばされようとしていることだったり、
この足が、どこかに向かいたがっていることだったり。

 

今ここにある、この身体、この心。

 

そしてその心と身体に、今この瞬間起きていること。

 

じゃあやっぱり、今この瞬間リアルなのは、

 

存在すると断言できるものは、

 

一番信頼できることは、

 

ただその人がいると、胸が温かくなってしまうということ
まだ見ぬ世界を思うと、はるばるとして、ちょっと切ない気持ちになるということ
容認したくないことに対して、こぶしを握り、歯軋りをするということ。
肩に、腕に、脚に、力が余っていると感じること。

 

一番信じられるのは、

やっぱり、その、今ここに存在する、
そのリアルな感覚なんだと思う。

 

ならばできる限り、そのリアルにしたがってみたい。
それがたぶん、生きるってことだから。

 

バーチャル世界・空想の世界のみを生きるために、

 

僕たちは生まれてきたんじゃないんだから。

 

仮に傷だらけになったって、
だからこそ、俺は生きたんだっていえるんだろうから。

 

つかもう!
踏み出そう!
叫ぼう!
祈ろう!
泣こう!
そして思いっきり笑おう!

 

・・・とか言いながら
その感覚を拾い上げたり、形にするのは、
ときにはやっぱり、難しいんだけど。

 

でもやっぱり、少なくともそっちの方向に、
進んでいきたいなぁ。

 

だって、せっかく、生まれたわけだから。

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