コーチング論

②信頼するということ

態度は伝染する。

 

相手を信頼すれば、相手は彼/彼女自身を、そしてあなた自身を信頼する可能性が高い。
相手を信頼しなければ、相手も、あなたを信頼しない可能性が高い(こっちはほぼ確実)

 

だから・・・・だからではない。セッションがうまくいくために信頼するんじゃなくて、

 

デフォルトで、相手を信頼する。
コーチであるためには、おそらく、相手を信頼することが、最低条件。

 

つまりセッションがうまくいく以前に、
相手を信頼していなければ、セッションをやってはいけない、と言うぐらいの意味で。

 

相手を、信頼する。

 

目の前の人間は、人間で、生きていて、話したり悩んだり喜んだりしているというだけで、
充分信頼に値するんだから、
相手を信頼する。

 

「救ってあげなくちゃ」なんて思わなくていい。

 

あるは、思っちゃうと、うまくいかない。

 

相手を信頼して、相手に任せる。
相手の人生は、相手にゆだねる。

 

相手を信頼するからこそ、踏み込んだ質問ができる。
相手を信頼するからこそ、セッションに軽やかな遊びの感覚を取り入れられる。
相手を信頼するからこそ、相手の悩みに耳を傾けられる。
相手を信頼するからこそ、相手にチャレンジし、挑発し、ストレッチをかけられる。
相手を信頼するからこそ、あなたの感じた違和感を、素直に口に出すことができる。

 

相手を信頼する。

 

相手が、目の前で生きているという事実だけで、
その人が、すさまじいリソースを持っているという証拠だから。

 

その人が、どのような状況にあるにせよ、
どのような苦悩を抱えていようと、
どのような、ネガティブなトークをしていようと、

僕の目の前にいるという時点で、
その人は、必ず苦悩の先へと行こうとしているのだし、
それをする力があることを、意識的にか無意識的か、自分でも知っているのだから。

 

相手を信頼する。

 

さまざまな、問題。
例えば、漫画やドラマ、巷で大流行の、「トラウマ」
人に脚をとめさせる、人に不幸な選択を選ばせる、心の傷。

 

そんなものは、時代遅れの心理学の遺物で、本当は存在しないという人もいる。
トラウマはやっぱり存在するという人もいる。
トラウマは、本人がその存在を認める限り、存在し続けるという人もいる。

 

例えば、その人の病理的なパターン
例えば、その人の深刻な人間関係、
例えば、その人の、過去の経験、インナーチャイルド、カルマ・・・・

そんなものは、ある意味ではどうでもいい。

 

もちろんそれも、かけがえのないその人の、
かけがえのない一部だから、大切に扱うべきだけど、
それは、その人の一部でしかない。

 

その人は、問題そのものではない。

 

とにかく、とにかく、相手を信頼する。

 

 

問題の有無にかかわらず、僕たちが見るべきものは、

その人の意思や、強さ、経験、知恵
ありとあらゆる可能性と、その人が引っさげている、無限のリソースだから。

 

もしもコーチの目に「問題」と映る何かが見えたとしても、
それはコーチの妄想かもしれないし、
仮に、100歩譲って、それが本当に問題だとしても、
やっぱりどうでもいい。

 

僕たちが見るべきものは、問題そのものではなく、
今ここに、その人がいるんだということだから。

 

その人がいるということは、その人が、今この瞬間も、
その問題を乗り越え続けているということ、
その問題を乗り越え続けるための力があるということだから。

 

そして、今ここで、あなたとその人が話しているのなら、

 

その人は、何かを求めていて、前進しようとしていて、
新しい地平を目指して進む途上にいるんだから。

 

何が何でも、相手を信頼する。

 

相手を信頼できる、自分を信じる。
私は相手がどうなっても、相手と自分を信じ続けられると信頼する。

 

僕たちがすべきことは、

 

相手を元気付けることでもなく、
ネガティブなトークをやめさせることでもなく、
知恵を植えつけることでもなく、
新しいパターンを植えつけることでもなく、

 

一緒に、可能性の物語を描いていくこと。
一緒に、成長の物語を描いていくこと。
一緒に、未来の希望を語り合うこと。
一緒に、粘り強さのエピソードを探すこと。

 

その人の人生のファンの1人として、

 

その人の成長を、楽しむこと。

 

一緒に描いたその瞬間に、
或いはその人が、僕達に喜びのストーリーを描き出したとたんに、
それは現実、あるいは自己成就する予言となる。

 

あらゆる人に、人間一人ひとりが、
それだけの知恵と、愛と、力を持っている。

 

だから僕達は、その人の力と、愛と、知恵を信じて、

 

その人が自分自身で喜びを感じ、
かつ自分らしいと感じるストーリーを描く、

 

目撃者であればいい。

 

ただそれだけ。

 

ホメオスタシスの同調とか、
ピグマリオン効果とか、
ラポールとか、

 

色々と理論はあるけど、

 

一言で言ってしまえば、
人間はすごいし、
目の前にいる人もすごい。

 

それだけで充分。

 

だってあなただって、今まで生きてきたんだから。
そこにはかくされたいろんな苦労や努力、ひらめき、知恵、愛、祈り・・・

 

そういったありとあらゆる、素晴らしいものに満ち満ちているでしょう?

 

目の前の人だって、おんなじ。

 

その証拠は、この人が生きていて、今ここで何かを話しているということ。
その事実と、その事実が暗示する、その人のリソース、可能性、能力。

それだけで充分なんだ。

 

それだけでその人は、信頼に値する。

 

だから、相手を信頼する。

 

:::::::::::::::

つまるところ、無条件に相手を信頼すると、セッションがなぜかうまくいきやすい。
相手を何とかしようとすると、セッションはうまくいきにくい。

 

ある意味では無責任に見えるほど、
「この人なら大丈夫」と思う。

 

ネジの抜けた、極楽トンボのように
「ああ、これはうまくいくよな~」とおもう。

 

KYな夢見人のように、
「そんな事いって、どうせ最後は成功しちゃうんでしょ?」

 

と思う。思い込む。そう決める。

 

ひたすらその人のリソースや知恵、夢に焦点を当て続ける。
そうすると、いつの間にか、リソースについて、知恵について、夢についての会話が始まる。
それを楽しみに、寛いで待てばいい。

 

態度は、伝染する。

:::::::::::::::

これはまた詳しく書こうと思うけど、
セルフコーチングも一緒。

自分がどれだけネガティブだっていい。
落ち込んで動けない時間が続いてもいい。
ただ、待てばいい。

 

立ち直るであろう自分を信じて。
動き出すであろう自分を信じて。

 

今まで生きてきたということが証拠付けている、
あなたの隠し持つ、驚くほどの知恵を信じて。

 

どん底の中でも、何か素晴らしいものを求め続ける、
あなたの胸に秘められた、愛や夢、祈りを信じて。

 

今まで何度も、「今度こそもうダメだ」と思いつつ、
結局乗り越えてきてしまっているあなたの持つ、
驚くほどの力、潜在能力、未来の可能性を信じて。

 

大丈夫、あなたなら、大丈夫。
今は動けなくたっていい。

 

ちょっとしたら、どうせ動き出してしまうんだから。
動いていないように見えて、実は色々と動いているんだから。

 

そしてそこには、いろんなリソースや成功体験、乗り越えのストーリーが詰まっているんだから。
だから、それが姿を現すまで、少しだけ、待って見よう。

 

苦しくてもいい、悩んでいてもいい、泣きたければ泣けばいい。
あなたのエネルギーやアイディアが顔を出した瞬間に、

 

それを捕まえればいいんだから。
だから、それまでは、悲しいなら悲しいままに、

 

苛立つなら苛立つままに、くじけたならくじけたなりに、
ただただこの空間にくつろいでいよう。

 

思ったよりも意外と早く、光が見えちゃうんだから。

 

態度こそが、最大の武器、立ったりするかもしれない。

 

信頼する。

 

:::::::::::::::

何も足さない。何も引かない。

 

あなたは、あなたのままでいい。

 

あなたは、すでに満たされている。

::::::::::::::::

2件の返信 »

  1. SECRET: 0
    PASS:
    >加トちゃんっぺさん
    書き込みありがとうございます!
    老子の
    「早く行きたいなら、ゆっくり進みなさい」
    を、ふっと思い出しました。
    おたがい、できることをやっていきましょう。
    意外とやるべきことは少なくて、
    実はそれでもすごいことができることもありますもんね!

    いいね

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